電子書籍の先行例として電子教科書が挙げられることについての私見

1.はじめに

 最近他の出版社の方などと会うと、自分の仕事上、電子教科書あるいはデジタル教科書の話を向けられることが多い。おそらく、電子書籍というものがある種の「救世主」扱いされている中、具体的な「電子書籍」の一つとして「電子教科書」がイメージしやすいからなのだろうか。

 つまり、今の教科書は紙媒体だが、これを電子化し、インターネットに繋がった状態にした上で、いろいろな情報を生徒に調べさせたり、教科書本文と関係した情報を付随させることによって学習効果が高まる。例えば、英語であれば単語の意味や音声での読み上げであり、理科であれば実験の動画など、社会であれば写真だけでは伝わらない世界各地の情報など。確かに、単に文字情報をデジタル化した「電子書籍」ではない、広義の意味での「電子書籍」としては実現もしやすそうだからということなのだろう。

 さて、電子書籍の先行事例として電子教科書(デジタル教科書)が挙げられていることについて、主に3つの視点から現状の課題を提起したい。ただ、これはあくまで、「プライベートに電子教科書に関心のある一個人が見聞きしたことを中心に意見を述べる」ものであって、私の所属するあらゆる団体・企業等の意見では無いことをお断りしておく。


2.どのカテゴリーでの教科書なのか(だれが使う教科書なのか)

 最初に確認したいのが、「だれが使う教科書なのか」という点である。それは、生徒なのか先生なのか、そして生徒の場合、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、あるいは生涯学習としてのどれなのかによっても「教科書」を取り巻く制度やあり方が異なってくる。おそらく冒頭の例などを考えると、小学校・中学校・高等学校のいわゆる「検定教科書」を電子化したものが「電子教科書(デジタル教科書)」なのだといえる。

 そして、その中では生徒が使うということを前提にしているが、実際問題として、現在存在している「デジタル教科書」は主に先生が授業で使うという「掛け図」としての教科書なのだ。(光村図書東京書籍を参照)。このあたりの認識の相違を克服することも大事だろう。

 そして小学校、中学校、高等学校では「検定制度」が存在するが、この「検定制度」が電子教科書に与える影響についても考えてみたい。なお、ここで検定制度についての是非を問うつもりはない。電子化の強みは最新の情報を届けることが出来るというという即時性が大きな要素だろう。しかし、現状の教科書制度では「訂正申請」といって、修正する際に文科省に届け出て、折衝する必要があるため、その即時性が損なわれるのではないだろうか。


3.著作権という大きな問題

 次に、著作権に関して考えてみたい。現在小学校、中学校、高等学校で使われている教科書を見て欲しい。実際には東京であれば第一教科書供給で買うことが出来るし、各教科書会社のHPでサンプルは見ることが出来る。実際に見てみると分かるのが、高校でもほぼフルカラーなのだ。そこで出てくるのが「著作権」である。

 これらの教科書に載っている写真の版権は出版社が持っているわけではない。あくまで権利者から借りて掲載しているのである。その場合はフォトエージェンシーや、あるいは写真家の方などの権利者から借りるのだが、それが高く付く。専門のフォトエージェンシーや各新聞社がエージェンシーをやっているケースがあるが、どのエージェンシーも軒並みカラー写真1点の掲載許諾に2万円程度するようである。それが1冊あたり百点以上にわたるとなると…。

 さらに、これらの場合、契約は「紙の教科書」のみだろう。デジタルコンテンツとして使う場合、改めて支払いをしなければならず、さらに相場としては教科書よりもデジタルコンテンツとして使用する場合の方が使用料は高い傾向がある。また、写真によっては、写真に写っているものを所蔵しているところ(例えば歴史でいえば、絵画や作品の所蔵先)にも何らかの許諾を得なければならないモノも多くその場合はさらに費用が発生する。このあたりをどうクリアするか、つまり本体価格に転嫁するのか、それとも著作権に関して何らかの措置を執るのか、企業努力で契約のあり方を見直すなど対策は必要だろう。


4.まずは教材から

 これまで取り上げてきた問題点とこの点を考慮すると、「検定制度」に則った「教科書」は紙媒体を前提にしているため、まずは写真等をあまり用いておらずそして検定の影響も受けない「教材」から実用化していくというのがとても現実的なのではないだろうか。

 この具体例がニンテンドーDSで流行した学習系ソフトなのではないだろうか。確かに、それ自体は「電子書籍」ではない。しかし、DSの「えいご漬け」の元は桐原書店の『データベース3000基本英単語・熟語』であったことからも、辞書や用語集、問題集、過去問集、ドリル、学習参考書を元にアプリを作るというのは一つの流れなのではないだろうか。

 今後は、個人的には、通信講座やNHKなどのラジオ講座などが先行的な事例となりうるのではないかと考えている。学校現場への導入としては、通信制の高等学校だろうか。


5.最後に

 最後に余談を。電子書籍の先行事例として電子教科書(デジタル教科書)が挙げられるのだが、これは「まだ電子書籍でどういうことが出来、どんな機能があればよいのかをみんなが描けていない」ことの裏返しなのではないだろうか。ITに詳しい友人に電子書籍のフォーマット論争(?)の話をして教えを請おうとしたら「フォーマットはデバイス側に従うしかないし、システム屋は要望に応えたものを作るから、それよりも具体的にどういう機能があったらよいかとかを考えて欲しい」と一括されたがそれも言い得て妙なのだろう。
 非常に多くの点をおおざっぱにまとめたので、今後機会があれば(と言うより筆者の物理的および精神的余裕があれば)個々の論点についても考えてみたい。
 なお、教科書制度については文科省教科書協会に詳しいようのでそちらも参考にされたい。